映画は人助けをしない

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フリッツ・ラングはクソ野郎だ!「スカーレット・ストリート」

フランスの巨匠ジャン・ルノワールの傑作『牝犬』(1931)。

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 冴えない銀行員が偶然知り合った若い女性に熱を上げ、現実逃避の末に破綻する姿を描いた映画だ。

この映画の魅力は、なんだか憎めない登場人物と監督の「人間ってダメだけどそこがいいよね」と言っているかのようなタッチ。物語自体は悲惨だが、笑える場面も少なからずある。

「どんな罪を犯しても気楽に行けば生きてはいける」。ラストシーンの後味はなかなか味わい深い。私の好きな映画だ。

 

さて、ドイツにはフリッツ・ラングという男がいた。

 

オーストリア生まれのユダヤ人。『ニーベルンゲン』や『メトロポリス』などの傑作を生み出した巨匠だ。

ラングは主人公をいじめるのが大好き。誰も彼もが思い宿命を背負わされ、立ち向かうことを余儀なくされる。結末はたいてい悲惨だった。死んだ恋人を生きかえらせるために赤ん坊を死神に捧げようとしたり、冤罪で自警団にリンチされて殺されかけたり、一時の熱で結婚した男が殺人現場再現マニアだったりした。

とにかく主人公をいじめ抜いた監督だった。宿命、復讐、裁きをテーマにした暗い映画を撮る男だった。

そんなラングが『牝犬』をリメイクしたのが『スカーレット・ストリート』(1945)である。

ナチス政権から逃れるようにアメリカへ亡命したラングはハリウッドナイズされた環境での映画製作を余儀なくされ、ドイツ時代の悲惨さは薄れていた。プロデューサーが最も強い権限を持つハリウッドでは、独裁者のように振る舞うラングは嫌われ者。ラング自身もストレスを溜め続けていた。

そんな中、ラングを中心に独立映画制作会社ダイアナ・プロが設立された。『スカーレット・ストリート』はその第1作なのだ。自由な映画製作環境を手に入れたラングは鬱憤を晴らすようにやりたい放題やりまくった。

まず、『牝犬』にあった人情味を徹底的に排除した。

これは、物語のキーになる、主人公の妻が愛し続ける元夫の警察官の設定を変えたことに象徴される。『牝犬』ではおちゃめな失敗を披露する可愛げのある男だったが、ラングは極悪非道なクズに設定した。主人公を貶め、金をむしり取ろうとする極悪人に。

『牝犬』のユーモアはこの男が担っていたようなものだった。それを崩すことで、映画全体が救いのない方向へ滑り落ちていく。

両作の最も異なる点は罪の捉え方だろう。『牝犬』は「人は罪を犯してしまうものだ」という、人間の業を認めるような思想が見え隠れするのに対し、『スカーレット・ストリート』には「罪を犯した人間は必ず裁かれなければならない」というラング印の陰鬱な宿命感が漂う。罪を犯した主人公は狂気の人となり、映画史に残る怖ろしいラストシーンへ突き進んでいく。

街の描き方はどうか?ラングはドイツ表現主義とフィルムノワールの中心人物だったことからも分かるように、影の使い方が秀逸な作家だった。主人公は街が静まり返った夜にヒロイン(クズ)と出会い、転落していく。彼が狂気の人となるシーンはネオンの点滅する灯りが、まるでナイフのように暗い室内に差し込む。ラングは暗い街と灯りを効果的に用いることで主人公の宿命を描いていた。一方、『牝犬』は『スカーレット・ストリート』と比べると画面が明るい。街もしかり。

クライマックスを比較すると、作家性が浮き彫りになるだろう。『牝犬』は人生を棒に振りながらも陽気な男たちがカメラに向かって歩いてくる。『スカーレット・ストリート』は狂気に飲み込まれた男が真実を知って心を完全に閉ざし、画面の奥へと歩いて行く。彼はもう二度とカメラの方へ向かうことはないのだ。

 

人情味のある映画をここまで救いのない映画にリメイクする男がクソ野郎じゃない訳がない。フリッツ・ラングはクソ野郎だ!ラストシーンを初めてみた時、恐怖のあまり泣いてしまった。感動以外で泣くという映画体験は初めてで、その日は暗い気分が晴れなかった。

このリメイクはキリンジによるピチカート・ファイヴ「陽の当たる大通り」のカバーを連想させる。ポップな曲と野宮真貴の明るい歌声に隠されていた悲しみをすくい取った堀込泰行の洞察力とラングのそれは本質的には同じ。原作のサブテーマを主題に転換させることこそリメイクの醍醐味なのではないだろうか。ラングの最高傑作と称されることもある『スカーレット・ストリート』はリメイクのお手本のような映画だと言えるだろう。


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 『牝犬』を見てからの鑑賞をおすすめする。

 

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