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映画は人助けをしない

最新映画について書くことはあまりありません。基本的に古い映画について書いています。内容は古さを感じないものにしたいです。

フリッツ・ラング『M』の音の効果

洋画 フリッツ・ラング

ドイツ映画の巨匠フリッツ・ラングの代表作の一つである彼の初のトーキー作品『M』(1931)は今見てもとてもおもしろい。

トーキー初期の映画には伴奏がないため、映画作家たちは音の効果に工夫をこらしていた。冒頭のシーンが特に印象に残る。ピーター・ローレ演じるベッカート(M)に殺された娘エルジーがなかなか帰ってこないことを不安に思った母親の「エルジー!エルジー!」という呼び声が空しく響く様を階段の空間的な奥行きで表現する演出は見事だ。

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ベッカートの口笛はエドヴァルド・グリーグ作曲の『ペール・ギュント』の一節である。彼のほとばしる殺害欲求が口笛として表出しているために、思わず口笛を吹いてしまうシーンがある。新たな標的に手をかけることができず、カフェテラスで酒を飲みつつ気を落ち着かせようとするシーンだ。ここでの彼を、クラカウアーは猛獣の暗示であるとする。

キヅタにおおわれた格子だなの背後の、カフェー・テラスに腰を下ろし、ほおだけが葉の間からちらちらしているかれの姿は、ジャングルにひそむ猛獣を暗示している。

ジークフリート・クラカウアー「カリガリからヒットラーまで」

 標的となる幼女を早く殺したいという欲望がいびつな音色として表出したのだ。この時の彼は困惑の表情を浮かべている。後の暗黒街の顔役による私的裁判での証言、抗えない宿命への困惑と悲鳴が真実であることの証拠と言えるだろう。

この時期の映画には伴奏がない。それゆえに、音の使いかたひとつで映画の出来が左右される。そんな中、映画の無伴奏期に巨匠と呼ばれていた監督たちは総じて音の効果を重視していた。ラングもその一人である。

『M』はラングの初のトーキーでもあり、音の効果を十分考えに入れて撮影は行われた。シナリオは三つの色によって書きこまれ、黒はカメラワークとアクション、青は台詞、赤はサウンドを表しており、製作にあたって、ラングの頭のなかで、音響にも独立した地位があたえられていたことが分かる。

吉田広明『亡命者たちのハリウッド 歴史と映画観の結節点』

 このことはあまり知られてないようだが、これほど音の効果を重要視していたということを踏まえてもう一度映画を見ると、無駄のなさに気付かされるだろう。演出力の高さに敬服するばかりである。著作権が切れているため500円のDVDが販売されているが、下にリンクを貼り付けたバージョンは44ページものリーフレットが付属されており、『M』についての理解を深めることができるのでおすすめする。

 

フリッツ・ラング・コレクション M [DVD]

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