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映画は人助けをしない

最新映画について書くことはあまりありません。基本的に古い映画について書いています。内容は古さを感じないものにしたいです。

メチャクチャな日本描写。フリッツ・ラング『Harakiri』(1919)を観て思ったこと

フリッツ・ラングと日本の関わりというと、若き頃、放浪の旅を続けていたラングは日本に来たことがあるという説があるほか、戦後、淀川長治青年がラングのもとを尋ねた時、『M』が好きだ!と伝えたらとても喜ばれたというエピソードが思い出される。*1

メトロポリス』に「吉原」の名が登場することは有名だが、実はラングは他の映画にも「吉原」を登場させていたのだ。それが『Harakiri』である。

 


Madame Butterfly (1932)

内容はプッチーニのオペラ『蝶々夫人』を基にしている。このことから、アメリカで公開された際はタイトルが『Madame Butterfly』に変更された。日本文化を題材にした外国映画としては最も古い部類に入るようだ。

映画ファンなら、ハリウッド映画の日本描写にやきもきした経験は一度や二度ではないだろう。外国人が日本文化を正確に捉えることは困難らしい。『GODZILLA』(2014)でさえメチャクチャだった日本描写が、今から約100年前の映画でマトモなはずもなかった。

あらすじ

字幕はメチャクチャなローマ字なので、直せる部分はカタカナにしたが、あえて残したところもある。

舞台は20世紀の長崎。大名のトクヤワさんが海外から帰国し、一人娘のオタケさん(字幕では「O-Take-San」となっているため、正式な名前がわからない)にお土産のぬいぐるみをプレゼントする。意地悪なBonze(坊主)はこれをトクヤワの裏切りと見なし、ミカドに報告の手紙を出した。その結果、ミカドはトクヤワに短刀を送りつけ自害を命じる。父を失ったオタケさんはどこかの国の海軍将校オラフと恋に落ちるが逢瀬をBonzeに咎められ、岩屋に閉じ込められてしまう。

助けに来たもう一人の生臭坊主Karanに騙され、吉原(むろん東京の吉原ではない)に売りつけられてしまうオタケさんだったが、客として来ていたオラフと再会し、結婚することに。吉原の掟で999日間の結婚、いつでも離婚可、という契約?らしい。

二人の間には子供もできたが、オラフは帰国することに。彼には故郷に本妻がいて、日本のお土産を紹介するときにオタケさんのことを思い出したり、オタケさんからもらった「見ざる言わざる聞かざる」の人形を可愛がる妻を見て複雑な表情を浮かべたりしたのだが、月日が経つにつれてオタケさんのことを忘れていってしまった。

オタケさんは変わらずオラフを愛し続けるが、結婚の契約が切れ、再び吉原に行く羽目になる…

という話。別に面白くはない。日本描写は凄まじく、どいつもこいつも床に頭を付けて挨拶をし、室内で立ち話をし、仏陀がキリストのような崇められ方をしている。日本人を演じるのは当然白人の役者だし、名前もヘン。Bonzeって!

100年前の日本描写はこんな感じだったんだな、と考古学的に楽しむべき映画だ。それに60分かけられるかは…私は観たぞ!

本作の重要なポイント

メチャクチャな日本描写以外に見るべきところはないと思われる『harakiri』だが、個人的に注目したいのは後半に登場する

「You just wanted to have your revenge!」

という台詞である。

ラングのテーマといえば、ピーター・ボグダノヴィッチによるフリッツ・ラングのインタビュー集『映画監督に著作権はない』の序論「宿命、殺人、復讐」の3つが主要なものとして挙げられる。

これらは、実は、ラングの監督デビュー作『混血児』(1919)のテーマなのだ。デビュー作にはその監督の作家性が出るというが、ラングもまた然りなのである。

本作では、これらのテーマのうち、「運命」がオタケさんの自分の意志ではどうにもならない境遇として現れ、「殺人」がミカドによる遠隔操作((と捉えることが出来る形で実行される。しかし、「復讐」だけはハッキリと見えてこないのだ。

Bonzeがオタケさんをいじめる理由が上記の台詞に出ているらしいのだが、Bonzeがトクヤワさんやオタケさんにいじめられたような描写はないため、テーマ性としては弱い。

フリッツ・ラングは脚本家として映画界に顔を出し始めるのだが、本作は他人の脚本を映画化しているということにも注目したい。『混血児』の脚本は彼が単独で書いていることから、彼の作家性が前面に出るのは当然だった。しかし、彼の意思がどれほど反映されたかが不明な本作の脚本では、資質を出しきれなかったのだろう。

『混血児』のフィルムは失われているため、一応現存する最古のラング作品にも3つのテーマが根底にあった、ということが言える…うーん、ラング研究の中では全く重要性のない映画のように私は思える。「フリッツ・ラングと『ハラキリ』 : ドイツにおける「蝶々夫人」の運命」という論文がどうやらあるらしいので、それを読んでみることにしよう。

 

 ラングについてのエントリー

 

映画監督に著作権はない (リュミエール叢書)

映画監督に著作権はない (リュミエール叢書)

 

 フリッツ・ラングに興味がある人は、ボグダノヴィッチによる序章だけでも読んでもらいたい。とても参考になる。

*1:詳しくはこちらを参照されたし

淀川名画撰集 - M